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2016年07月19日

神子畑選鉱場跡・ムーセ旧居 [兵庫県朝来市]


ネットで調べていると、神子畑選鉱場跡・ムーセ旧居という鉱山関連の史跡があると言うことなので、気になるので行ってみました。


神子畑選鉱場跡


ムーセ旧居と神子畑選鉱場跡は向かい同士というか、同じ施設内?にあります。









まずは、ムーセ旧居から。

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館


生野鉱山から少し離れた白口にあったもので、生野鉱山開発に貢献したフランス人技師・ムーセの元住居でした。

神子畑鉱山の開発にともない、明治20年にこの地に移設され、事務舎、診療所として利用されていました。

平成4年に県指定重要有形文化財(建築物)の登録を受けました。

その後、建物の老朽化が進み、また国道429号バイパス計画により、県補助を受け当初位置より北西側に移築復元したものです。

平成16年11月ムーセハウス写真館・資料館となりました。

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館






以下、5枚はクリックすると画像が拡大されます。

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館

ムーセハウス写真館・資料館











そして、お向かいの神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡


明治11年ごろは、鉱山として栄えていましたが、大正6年には閉山。

その頃、明延鉱山では採掘鉱量の増加により、従来の選鉱施設では手狭になってきていたので、明延では採鉱後の一次破砕までを行い、神子畑に選鉱機能を移設する計画が持ち上がる。

鉱山としての役目は終えてしまったものの、神子畑は大正8年、明延鉱山から運び込まれた鉱石を選鉱する大規模な「機械選鉱場」として生まれ変わることとなった。

山を隔て6キロメートル離れた明延鉱山(養父市大屋町)から運ばれてきた鉱石をその比重や浮力を利用して亜鉛、銅、錫に選鉱。

山の斜面を利用した機械選鉱場はその規模・産出量ともに「東洋一」と謳われ、国際的にも高い評価があり海外からも視察団が訪れるほどだった。

24時間稼働しており、夜中になると選鉱場が光る姿が印象的で不夜城のようだったそうです。ネットの画像を見ると確かに、近代的なのに幻想的。一度、見てみたかったです。


残念ながら昭和62年、円高の急激な進行で競争力を失った明延鉱山の閉山に伴い、本選鉱場も操業を終了し閉鎖。

その後も建物は残っていたが平成16年には解体。

現在は鉄筋コンクリートの基礎構造物と、選鉱場の上下を結んでいたインクラインの跡のみが残っています。

もう少し、置いておけば世界遺産になったんじゃないのかなあ?

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡

画像をクリックすると拡大されます










ムーセ旧居の隣には広場があり、そこに一円電車が展示されていました。

神子畑選鉱場跡

神子畑選鉱場跡 一円電車

神子畑選鉱場跡 一円電車

神子畑選鉱場跡 一円電車

神子畑選鉱場跡 一円電車

神子畑選鉱場跡 一円電車

乗車料金が1円なので「一円電車」の名前で親しまれた。正式名称は明神電車である。
昭和20年(1945年)に、鉱山従業員の通勤用として運行を開始。昭和62年(1987年)明延鉱山の閉山によって廃止された。







[住所] 兵庫県朝来市佐嚢1826番地1
[電話] 朝来市あさご観光協会 079-677-2111(平日)
     神子畑鉱石の道推進協議会  079-677-1717(土日祝)

地図はこちら




 
posted by スコープドック at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 見る(文化・歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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